1.3秒未満の空白


洒落たデザインの窓には、硬質な夜景が映りこむ。単調でそれでいて矢張り美しい人口の光はその眩しさを それでも闇に埋没させるだけの儚さを失わずに、地上を覆い(若しくは這いずる体裁、) ただ小さく、手の届かなくなった無限の空間の代替を忠実に果たすのだった。


せり出した窓辺は、肘を付いて寄りかかりながら夜景を眺めることが出来る分のスペース。 からり、と氷の擦り合う如き音すら立てそうに怜悧な硝子窓は そして忠実に単調な埋没と、そして灯された室内灯からの両面の投影を止めはしない。


「りゅうざき」


何とも幼げに、窓際(本来座るように作られてなどいないばしょ)に腰掛ける彼。 子供のように足を揺らして(少しばかり高い位置の其処、彼の爪先は僅かに地へ届かず) 後ろ手についた両手は外界との境界線から、丁度5センチメートルばかり手前で留められている。


私は彼の名前を呼んだ
彼は小さく嗤って、なんだい、とやはりどこか稚く返す。



彼、が

酷く混乱しているのは知っていた。



それが私の思考(論理を組み立てるその作業)するとおりに
彼の犯罪者(それは酷く美しく、高貴な)としての焦慮ゆえか
(実際私がもしキラ、であるならあんな出来損ないの追従者の出現には苛立ちを隠せまい)

若しくは例えば彼の父親辺りが気遣うように、
捜査上での危険に対する戸惑いか(彼に「本物」を演じさせるために此処へ呼んだ)
(第二の、と冠される彼のものを誘き出す)
(餌は勿論最高級、そして餌であるからこそ誘き出す者の手には触れさせはしない)



「竜崎はさ」

唐突に彼が自分を呼んだので、些か驚いて反射的に応えを返した。


下らない動揺に、
(目に見えるような物ではないだろうが彼にはわかるだろう)
(自分が彼のことを理解し得るのと全く同じように)
だが彼は頓着せずに言葉を続けた。


「第二のキラのことすぐにわかったんだね」
「……はぁ、」

間の抜けた返事に我ながら呆れるが、彼は寧ろ喜んだ様に頬を緩めた。
(自分の失態を、喜んだのかもしれないが)

「第二の、キラのことをさ」

首を後ろに傾けて、彼は磨き上げたガラス窓へ寄りかかった。
夜明かりが彼の首筋をうっすらと照らし、決して弱々しいわけではない室内灯の其れを 無き物とするように淡く浮かび上がった。細い、と呼ぶにもしたたかな首筋はだが 涸渇した何かを思い起こさせるには十分なラインでつい、と外界へ傾けられた。

純粋な感嘆と性欲と呼ぶには些か他人行儀な感情が浮んで、その首筋に視線を這わす。 遠慮など無いそれに彼はしかし酷く嬉しそうに笑ったまま、幼げな神性を曝すままにしていた。




第二のキラの登場に一番初めに気付いたのは自分だった。
勿論”キラ自身”を除いて、の話だが(気付く類のことではない)

そんなことは当たり前だ
第二のキラと今までのキラでは明らかに違う。――違う。差異を探すまでもない絶対的な、確信だ。



「竜崎はなんでそんなに第二のキラのことを理解できるの」

彼は問う。面白げに上げられた語調だが、其処に含まれた色は些か難解だった。 至極機嫌がいいようにも、寧ろ悪いようにも。と言うより何処かしら不安がるようでもあった。 (なにを?)

「それは」

と、言いさして黙り込む。自分の意思ではない。彼が急に後ろ手についていた手を伸ばして 寄りかかっていた窓の鍵に手を掛けたからだ。

呆気にとられるとはこのことだ。今自分がどれだけ高いところにいるかなんて窓辺に腰掛ける彼が 一番知っているのだから。


「月くん!なにをしてるのです」
「ばかだなあ竜崎。何勘違いしてるの自殺願望なんか僕にはさらさら無いよ」


そんなことは知っている。彼はそんな脆弱な精神の持ち主ではない(何せキラなのだから)

だが嬉しそうに(不安げに)笑う目の前の青年はべつに此処から身を投げることに躊躇いはない と視線で語っていた。死にたいという明確な意思よりそれは遙かに軽やかに彼を席巻する類のものだ。



指先で凝ったデザインの窓の鍵を弄んで、それから彼は目を眇めて夜景を見下ろした。(見上げもした)



「竜崎ってあんま瞬きとかしないよね」

パソコン画面とか見すぎだからかな、と彼は突然話題を変えた。 その表情に先程までの儚さ(一種の傲慢)は感じられない。彼に手を伸ばして その忌々しい場所から引き戻そうとも考えたが、目を細めて此方を見やる彼は嬉しげで(不安げで) 乱暴にあつかわれることを本質で拒絶する空気を纏っていた。 彼が決してそんな単純な苦痛に屈するような子供ではないと知ってはいるのだが。
(しかし先程から彼は酷く幼い様子で)

「なんで?」
「…といわれましても、」

意識的な動作などではない、と形式的なニュアンスで見返してやれば彼は”瞬いて”そして微笑んだ。

「竜崎はさあんまり眠らないんだな」
「……事件を取り扱ってる間は、ですよ勿論」

先程から彼はとりとめもなく話題を変える。大体例えばこの質問は随分前に既に彼と交わしたものだ。 彼がわざとそんな反復作業を交える理由が分らない。


彼の美しい指先は未だに窓辺の鍵と絡んだままで


「…ねえ竜崎」
「なんです」
「きょうはずいぶんとやさしいんだね」
「そうですか?」

彼は小さく俯いて、だって何でも答えてくれるじゃないか、と呟いた。 私だって無意味に隠し立てているわけではないのだから、差障りのないことぐらい答えますよと 返せば、彼は其れこそ泣きそうな顔で(といっても彼の泣き顔などいちども)嘘だね、と答えた。


「…竜崎は嘘ばかり、いう」

かちゃり、と硬質な音がして反射的に腕を伸べる。無造作に鍵を開いた彼はなんとも愚かしく、その窓に身体を傾けたまま の体勢、嗚、信じがたい!

「嘘吐きなのは月くんです。死ぬ気はないと仰ったでしょう」
「ないって、本当」

きつく掴んだ肘を困ったように見ながら彼は、でも、と言った。



「こんな簡単に」



その後不自然に途切れた吐息が、しゃくりあげる子供の喘鳴にも似ていて、思わずその開かれた唇にくちづけた。 彼は一瞬だけ驚きのようなものを浮かべたが、淡々と行為に応じた。

「……は、りゅ、ざき」
「…簡単に、死ねるとでも?」
「……ばか、勘違いしてるって言っただろう」


彼は身を離すと、かしゃんと呆気なく鍵を閉めなおしてまたも夜景を見下ろす体勢をとった。

「竜崎はさ」
「…月くん?」
「竜崎は――」


私はふと別室に保管されている「第二のキラ容疑者」のデータのことを思った。 明日何らかの動きがあることを私は知っている。彼は知らない。彼が酷く混乱しているのは知っていた。 今夜は彼は何故だか同じフレーズばかりを繰り返す。

「ねえ竜崎目瞑ってよ」
「はい?」
「だって見たことない」

何処か純粋に乞う目線で、彼は首を傾げる。夜神月の前で視界を閉ざすなど冗談じゃないと 反駁しようとしたら、彼は一度首を振って其れをとめた。

「一秒でいい。…本当、それだけ」
「しかし」
「……頼むよ竜崎、もうこんなこといわないから。今だけでいい」

目を閉じるという些細な動作を、いっそ哀願とすら呼べるように彼は乞うた。 今日の彼は本当に幼く見える。何故か、分らない(分るはずなのに)。


「…じゃあ、」

彼がやさしいなどといったのは案外当たっているのかもしれない。いつもなら何を馬鹿なことをと一蹴できるはずの戯けた 願いを今夜は聞き入れてもいいという気がしていた。

これは”明日キラを窮地へ追い込める確信からの厚情”なのだろうか

第二のキラ
本物の彼

全ては明日


ほんの一瞬のブラックアウトのあと、目蓋を押し上げれば彼はじっとこちらを見ていた。 その顔が余りに感情の欠落した其れであったので、些か戸惑って彼の顔に触れる。 驚きすら漂白された顔で、彼は少しばかり泣いていた(涙は流れていないのだが)

「ら、月くん?」

「竜崎は馬鹿だ」


彼はとん、と私の胸を押し返して、これでおしまい、といった。 一秒も僕に与えるなんてなんて馬鹿なんだと俯いた彼は呟き、 先程のが私の胸を刺し貫く真似であることを漸く悟った。馬鹿馬鹿しいことだ。直截的な方法であるならお互い 機会など幾らでもある。(何なら寝室でも)。お互い、その辺の犯罪者などより余程上手く殺せるだけの能力はある。 (そんなことに意味は欠片もない)


「どうしたんです、今更です」

「……そうだね、今更、」


いまさら、となぞる様に彼は繰り返して突然に窓辺から飛び降りた。 予備動作のないそれに反射的に一歩下がれば、彼は酷く歪んだ顔でもう帰る、と半ば怒鳴る様に言った。 制止しようと口を開く前に彼はまろぶように駆けて部屋のドアを打ち開く。

ドアの閉まる音がばしりと夜の独特の空気を震わせ、揺れる。追ったほうがいいのかと逡巡したが何故だか 身体は勝手にソファへと腰掛けていた。


――第二のキラだと、「キラとは違う」のだと私は気付いた。 当然だ、私、がキラをただ只管に追ってきたのだ。

其れこそ眠らず
瞬きさえ、許さずに
(目をそらすことなど)


夜神月は混乱していた

窓辺から差し込む光がやんわりと窓辺を照らす。


しかし私はこうして一秒間の空白を許し
(たった、1秒だけ)

彼は、そうして酷く悲しげに嗤うのだった。






例の友達宣言辺り。 月→→竜崎。月未練タラタラ思い出ぽろぽろ+謎嫉妬。竜崎氏・激鈍。
1.3秒は月から光が届くまでにかかる時間。
帯に短したすきに長しというやつです