予定調和内の凋落






葬儀は家名にそぐわず、実情に相応しい御座なりな物だった。そう思ったのは自分だけかも知れぬが、侯爵家の当主の葬送にしては慎ましやかな方であっただろう。 幼い弟は憚りなく泣いている。弟に死と言う概念が理解できるのか、少しばかり不可解ではあったが其れを憐れだとは思わなかった。弟をあやしている弟の父親は、おろおろとまるで伯爵らしからぬ態度である。皆無ではない弔問客の前に立つ時との差異を考えて少しばかり失笑する。あれ、は大人だった。其のことを自分はもう知っている。


青く海に似た液体を知っている。寄宿舎から戻ったある日、何故か唐突にあの父の部屋を訪ねたことがあった。記憶通りの場所に仕舞われていたそれらの薬品をただ取り出して並べた自分の動作を、父がどう思ったかなど知らない。少しばかり驚きはしたようだったが、小瓶をすっかりテーブルの上に並べ終わるまで父は一言足りとて口を挟みはしなかった。

「ライナス」

そうして父が名を呼んだのは制止の為でなく、少しばかりの示威行為に他ならなかった。分ってると言う意味でビロードの掛かった椅子に深々と座り込み、頬杖をついて小瓶を矯めつ眇めつした。

「この青が」

綺麗だから好きだ、と率直に言えば父はそうかい、と少しばかり儚げに笑った。君にあげようかとその視線は問うていて、湛えられた微笑には誤魔化しのような欺瞞は何一つ無かった。

「あんたはグレースが好きだったんだな」

返事は期待しなかったが、彼は予想とは異なる大層大人な表情で一つ頷いた。

「君は知っているんだねライナス」
「冬の物語を、見せただろう?」

今ではもう父が自分や母を皮肉るためにした行為ではないとわかっている。其処まで愚直ではなく、また聡明でもなかった。

「あんたはこの青をどう思う」

ちゃぷ、と小さな音を立てて振られた小瓶に男は今度こそ笑った。
君を生かす色だ、と。


弟は暫くぐずぐずと泣いていたが、父の嘆願する視線に根負けて自分が適当にあしらってやれば取敢えずは泣き止んだ。
冷たい石造りの墓を想い、其処に葬られた一切のことを思う、なんとも感傷的に愚かしく。花で満たされた荒ら屋は最早主すらをも持たない墓標だった。 引き金を引いたときに殺されたものを、惜しんでなどいない。それでもリボンをかけて送られた喪失を、自分はまだ受け取れないでいる。

憐れなグレース・キング。哀れなアーサー・ロウランド。墓下に収められた下らない感傷は恐らく海の色をしていた。






ライナスを一生愛す(、パパ)(そんなオチ)