玩具箱の中から |
重たい体を持ち上げる。 少しだけ痛む目頭を抑えて、僕は 「起きたんですね」 響いた声に否応なしに視線を持ち上げる。 男は固いフローリングに直接座り込んで、青く光るディスプレイと戯れの最中。 流される視線は何時いかなる時もある種の力を失わない 「える」 ベッドの中から男の名を呼べば、嗤う形で返されるこたえ 「まだ朝には早いです、寝ていたら如何ですか」 「…まだ?」 手繰り寄せたシーツに包まり何となく所在無げに座りなおす。 気だるい身体は確かに眠気を訴えているし カーテンの隙間から覗く町は深淵にその人口の光を映えさせ 「……、そうだねまだ、」 目を覚ますのには早いのかもしれない 愛撫に傷んだ腕を持ち上げて、そっと膝を立てる。 抱え込むような幼い格好に男は小さく苦笑したようだ。 さっきからわらってばかり、いる。 酷く上機嫌なのだろうあの男。でなければこんなにも浮かれた姿はそうそう見れるものではない 響くのは不規則なタイピングの音 ガラス越しの夜の喧騒 満たされた静寂 僕はひとつ溜息を吐く 「なんだかご機嫌なんだね竜崎」 「そうですね」 「なんで?」 物の分からぬ子供をあやすような仕草で男は少し首を巡らせる。 怒ってもいい様な類の、少しばかりのお巫戯気であったが僕は別段気に障らなかった。 僕の方こそ機嫌がいいのかもしれない 「月くん」 「うん?」 「立てますか」 ためしに抱えていた膝を解いて足先を伸ばしてみる。 大した障害があるわけでもなかったが、その疼痛に甘えて笑顔で首を横に振った 「いたい」 「それはすいませんでした」 ふと見やればサイドテーブルの上に投げ出された悪趣味な拘束具。手首を繋ぐ神経質な円形。 「ねえL」 「はい?」 「きみは棺を見て驚くことなんてあるのかな」 響くのは不規則なタイピングの音 ガラス越しの夜の喧騒 満たされた静寂 「月くん」 立ち上がった男は珍しく上機嫌 僕は酷く愉快な気持ちで彼を見詰める 此方へ歩み寄る彼は酷く優しく手を伸ばして僕の髪を引っ掴む。 カタカタカタカタ 不規則なタイピング音は操り主の不在を嘆く幻聴 浮かれたような貶めたような 安っぽい水音、細く首が鳴る音 手繰り寄せた指先 嬲る仕草に口の端を吊り上げる (ぼくが) (かれが) ”働きある人は不死の信仰を脳裏から奪われることがない” 「わたしは温順な、」 「竜崎の”働き”ってなんだい、僕を抱くこと?」 さざめく笑い声はお互いに喉奥からの賛歌 「貴方を抱くのは云わば私にとって科せられたものなのでしょう?」 「その腕の虚偽を許すんだから」 それくらいの代価はお前が背負え 上機嫌な僕 愉快そうに嗤う男 愉快な愉快な酷く愉快な光景 気だるい身体は確かに眠気を訴えているし カーテンの隙間から覗く町は深淵にその人口の光を映えさせ 外は夜、深淵に支配される美しいなかば 目を覚ますには、早すぎる 「死を恐れない」 君と 「君が僕を抱くなら」 そんな行為に興じて 「僕はね本当は」 そんな愉しい たのしい 遊びに 耽って 溺れて 忘れて しまえば 「ころすことをやめてしまえる気がしていたよ」 だって僕は 退屈、で 外は夜、深淵に支配される美しいなかば 目を覚ますには、早すぎる 早すぎたのに 嗚呼 子供の癇癪 引っ繰り返された玩具箱 転がり落ちた玩具たち 手当たり次第に投げ捨てて 「月くん」 「りゅうざき」 悪趣味な拘束具を手に取ったところで今日はお仕舞い 「起きたか月」 目を覚ませば差し込む光は無遠慮な強さで こんなものかと立ち戻る朝は無駄な演出をそぎ落とす 嘘ばかりついていたのに 夢の中で嘘はつかない、 ああ子供である愉しみに耽る其の場で (だって仕方がないじゃないか) (僕が人を殺したのは) (退屈で) (死にそうだったから) ふと腕を持ち上げて 愛撫に傷んだそれをなぞれば、懐かしい痛み 片腕に嵌めた鎖を玩具箱に抛り込み 僕は幾度も彼を殺して、遊んでいる 出典はゲーテあたり。 ていうか意味不明ですいません。 竜崎死後の退屈っぷりは高校生当時を上回るだろう 戻 |