げられた祝杯




溢れ出してくる物が何なのか、もう分からない



大きくなったら何になりたいの、なんて子供染みた問いを投げかけられた経験は人並みにあった。

そして自分には迷うことなく返す事の出来る答えが用意されていた。尊敬すべき父の、後を継ぎたい のだと言えば大抵の輩は満足した。時には稚気めいた口調で無謀な展望を語ってやれば、その無謀 な様の裏打ちする見せ掛けの無防備が、求められるべき反応としては最大限条件を満たしたのだ。

――父を、あの誠実な一個の人間を尊敬していたというのは決して偽りではない。
ただその尊敬という感情が、飽く迄も評価としてのレッテルであって敬慕やましてや羨望で無かった ことも確かだった。


自分は確かに父とは違う種の人間であり、そしてそれは善悪を問うようなことではないのを、 随分と昔から半ば直感で知っていた。

大体この程度の処世術は賢しげな子供ならば誰しもが持っている物であって、程度の差こそあれ元々 咎められるようなことではなかった。ただ、自分の場合は其れが些か巧く行き過ぎただけの話だ。 いい子ね、と言われることに単純な喜びを感じていた時期は酷く短かったし、それから諦観の線引き をするまではそう長くは無かった。

だから
だからこそ気付かなかったこと


評価でしかないレッテルが貼られたのは、父だけではなかったのだ。





「…っうぅ、あ」

全身が脈打つような痛みに引き裂かれる。じわじわと溢れ出していく朱が、重い体を地に縫いとめた。 知識としての銃創の形状がまざまざと脳裏に浮かび、非現実なそれが今正に己が身体にあるのだと 思えば嗤いにも似たさざめきが一瞬顔を歪めさせた。

打ち込まれた銃弾、溢れ出す血流、重石でしかない体躯、
――自分は負けたのだろうか?
こんな薄暗い倉庫の片隅で
こんなにも呆気なく?

「おとなしくするんだ、さもないと――」

どこか遠くから知った声が響く。音声だけが上滑り何を齎すこともなかったが、ただ其処に誰かがいる ことを小さく思い出した。

身を染める殺意、激情。殺せと叫んだ喉は逆流する鉄臭い液体によって灼けていた。 引きずりあげるように身体を前に押し進める。
逃げる?冗談じゃない、僕は行くのだ、行かねばならない。この手で創り出した世界は最早すぐ其処に。

「…ぐ…」

ずるりと地面に擦れた傷口が爛れる。何処も彼処もが痛覚に支配されてこれ以上痛みなど感じ様がない気も したのに、矢張り突き抜けるようなその感覚は容易く身体を震わせた。

この身を貫いた銃弾は確か……が、自分に
……は、あの愚かしい男だけはこの自分にだけは造反出来まいと思っていたのだが――

……誰、だった?

ぶれる視界を無理やり引き戻して前へ向ける。埃で薄汚れた床の色彩が何処か毒々しく目を刺し、 固まる腕を這わせれば、ずるりと掠れた赤がその後に引いた。見慣れぬ色は、それでも酷く慕わしい。 自分が司る現象である死という物に最も近しいこの色は、思っていたそれよりも濁って映りはしたが、 紛うことのない鮮やかさを喪ってはいなかった。

それでも求めているのはこれではない、手に親しんだあの黒、
自分の全てを呑み込んだあの漆黒を

斜めに視線を上げればびくりと怯えた様に肩を震わせた男と目が合う。視線を逸らすことを恐れるのか、それとも 籠めた感情の採択に迷うのか酷く瞑い色を過らせて、この身を見下ろしていた。
ふとそこに紛れ込んだ慚愧の色に、小さな疑問の影が掠める。従順に馴らされた瞳は彼の 予想していた忠実というより、何か絶対的な力を感じさせた。
それこそ半ば直感的に理解する。最早自分の一部となって久しいその道具、ノートの効力を一番知悉し ているのは、間違いなくこの自分であるのだから。

つまり、自分はこの場で最早、
最早…―?

……は自分を”終生”捕らえると、言った。
従順に馴らされた効力、書き記されたであろう名に、恐らくは未だに宙に浮いたままのこの己が名。

名、なまえ、すべてを掌るその――


「……ぅ、」

ぐらりと視界が歪み、引き摺っていた腕が小さく痙攣する。掌が手前に滑り、かくりと何処か 無機物の其れに似た動きで肘が横に倒れる。傾いた重心を支える術もなく、地に引かれるそのまま 体を薄汚い床の上に叩き付けた。じんわりと鈍い痛みが半身を駆け巡る。 それでも何処か麻痺したようにその痛み自体は隔絶され、先程まで確かにこの己のものだった 引き裂かれる感覚もいつの間にか静やかに引いていた。


もはやじぶんはここまでなのか


少し可笑しい。自分があんなにも拘っていた名前。寧ろ――縛られていた、といってもいいその「記号」。 そんなものなどなくとも、この体はこうして容易く歩みを止めようとしている。

名前がなくとも人など殺せる
そんなこと。

とっくに知っていたのに?



染み出す赤を瞳に収め、何処か遠くで呼ぶ名を聞く。それは確かに己の名前だったが、 上滑りする言葉はこの身を引き止めるだけの力を持ちえぬものだ。 砕かれていく思考の中で、降り積もっていく言葉は全て断片的で、なんら意味を持つものではない。

燻るように奥を灼く、殺意と呼びならわしたその感情は形式的なものに成り下がり、つき動かすべき 体をも裏切ろうとしている。手の内に慕わしい黒はなく、打ち込まれた弾丸、侵された男、思い浮かばぬ名。 その全てが等しく自分の手の内から零れ落ちて残されたものを量るだけの、憎悪をもが 勝手に零れ落ちる言の葉によって霧散し自分から隔絶されてゆく。 振り絞る声で、叫ぶ其処に偽りはないのに、何処か最初からこの結末を知っている自分がいる。 自分に残されたものは、最早、ここにはないのだから。

「…ひゅ、……」

知っていた
知っていた


そんなこと、とっくに知っていたんだ

酷く子供染みた衝動に、今なら喚き散らして泣いてしまえる気がした。 ただの一度だってそんな真似をしたことはないのだけれど、 今なら、今だけなら出来る気がする。――それなのに今この場に居る人間、この薄汚れた場所。隔絶された全ては その全てを拒絶して受け入れることがない。

溢れ出してくる物が何なのか、もう分からない。

それは血であり命であり、憎悪であり真実であり。 こんなにもあっけなく、歩みを止める体。いとも容易く降り注いだ敗北。 ああ、と吐き出した息には微かに咽の鳴る音が混じり生々しい味がじんわりと口の端を伝っていく。 その感触が何だか懐かしくて、ただ放り出されるままに回顧の波に溺れた。

莫迦みたいな己に刻まれた記憶の山。確かに己の所有するものなのに拒絶する側に属する手酷い裏切りを、余りに あっさりと成し遂げ、霞んでゆく視界に剥がれ落ちる様に消えていく。 色のつかぬ単調なフィルムを引き伸ばすように巻き戻す作業は、ただ渦巻く全てのものを 顧みることなく押し進められていく。繋がらぬ思考にいい加減意識を放棄しようとしたところで、 不意に極彩色で描かれたただひとつのその拙い文字が、浮かび上がる唐突さで全てを塗りつぶした。


―――おおきくなったら、ぼくは


「……あ、」

目の前を過った情景に、小さく目を見開く。鮮やかなまでの激情に、零れ落ちる全てを凌駕する 悦びが背筋を駆け上り、口に広がる苦味に、酷く甘い何かを捻じ込んだ。

弾ける思考に、砕け散ったはずの言葉の洪水が音を立てて己の中に雪崩れ込む。 何を失った?何故喪った。だから今なら、今だけなら出来るのだろう。 そうだ、溢れ出してくる物が何なのかなんてもう分からない。 自分は全てを知っていた、そうしてその事を今初めて知ったのだ。





音を立てて突き崩されたものを、今初めてはっきりと認識する。




崩れ落ちた身を無理やりに引き上げて、その無為な動作を再開する。 見上げた先に居る、死神にそうして確かな意思を持ってその名を呼んだ。
酷く新鮮な気持ちでその響きを噛み締める。恐らくは望む結果が得られないことを瞬時に理解して それでも、その名をもう一度呼んで、そして予め拵えられた舞台を完遂することを心に決める。 その為に、僕は僕の全てを忘れよう、今なら今だけはそれが出来る。 何も分からない、ふりなどではなく。何も分からぬ自分に、自分を今作り変える。 全てを知っていた、だから全てを知らずに居られる。

言っても分からぬ馬鹿ばかり――
なんと覚えのある感覚であろう?
だってこれは、これこそが

そのただひとつのためだけに自分は全てをはじめたのではなかっただろうか?


だから、もう自分は全てを放棄できる。全てをそうして手にしよう。


「――リューク、お前がこいつらの名を書くんだ」

恐らくは最後の、この無為な行為。成し遂げて得るものが、何なのか自分はもう知っている。 だからこそこの行為は意義を帯びる。無為である事が、ああこんなにも。





――そうだろう?……竜崎、――







物事は全て、自分の中で確かな整合性を持って分類とでも呼ぶべき選別が行われた。 それは幼い頃から変わることのない自分の一種の礼節だったし、そうすることが 正しいことを、初めから確かに認識してそれを執り行っていた。

理解と共感は飽く迄も並べ立てるものではない。
その理由付けならば至極簡単、己を理解するものが居ないのだから、それらを同一視など出来る筈がなかった。 レッテルを貼られ、自分の中での価値を測られた全てこそが自分にとっての世界。 過分な期待は、単なる自己満足の対象への押し付けであり、そしてまた縋りつく惨めさは 己の矜持への裏切りだ。
それを知っていたからこそ自分は分別という名の線引きを逸早く身につけた。自分には其れが出来たし、 すべきだと強く認識したのが恐らくは自分の初めての「知性」そのものだった。

子供だから、夜神さんの息子だから。 月くんは器量がいいから、いい子で聞き分けもよくて――

罪ではない、犯した過ちはただひとつだって無い。為された線引きは拍子抜けするほど 簡単に、自分を外から単色に塗装することを可能にした。そして僕は子供であることをその時点で止めたのだ。





思い出す景色がある。他愛も無い会話、其の時は他のことにかかずらっている間に何時の間にか忘れていたのに。


「夜神くんは、お父さんに対してはいつも丁寧ですよね」

大学の下らない講義を聞き流している最中に、ふと横に座っていた男が呟く。 そういったある種不躾な行為は別段珍しいものでもなかったので、軽く溜息をつくだけのポーズをとってから 視線を流す程度の軽さで男に向き直る。幸い人の疎らな大教室のこの位置ならば、教室を出るまでも無く 誰にも話は聞こえはしない。曇天が覗く大きな窓は、段々と夜の色を帯び始める刻限でも 不躾な西日を通さない。肩を竦める要領で自分の肩に凭れながら、小さく苦笑を返した。

「そうかな?父さんに限らず、僕は別段他の人にだって変わった態度を取ってるつもりは無いけれど?」
「……私にもですか?」
「流河に?…はちょっと分からないけど」

半ば本気で呟いた冗談に、極自然に笑みが零れる。

男はよく自分と話をしたがった。それは勿論大抵が彼なりの捜査なり嫌疑なりのキラ論議にまつわるものだったが、 偶にこうして突発的に寧ろ僕自身、についての話をしたがった。
僕の方は立場的にLについて 話せる事など限られているのだから、最初は不快で仕方が無かったのだが、最近 そういったときの男には、何時も払われている種の遠慮の内その部分だけを取り払うことが許されていることに気付いた。 自分が彼が自分にするようにLについての”分析”をしたとしても、何故かそこでは何時ものように 自分への容疑を深めようとはしない。寧ろ何処かしら面白がるように、一種当てこすりみたいな自分の 下らない意見を嬉々として聞いていて、段々と身構えた此方の方が馬鹿馬鹿しくなった。
男が自分のその人格形成とやらを気にかけるのは勿論捜査に必要だから、であり其処は 間違いの無い事実なのに、恐らく多分に男は純粋にその行為を楽しんでいる。 そうして見れば、自分にとっても不快どころかそういった行為は寧ろ一種の純粋な好奇心を満たす もので、悪くない。

「……夜神くんは、夜神さんには何処かしら一歩引いて接してるように見えます。 そうですね、別段変わってるわけではないんですが、寧ろ其処が丁寧に見えるのかもしれません」
「…ああそれは、父さんだから、って事?」
「肉親だったら、ある種の遠慮の無さがどうしても出てしまうんではないかと。まあ… 夜神くんがちょっとばかり割り切り過ぎだという点も勿論在るでしょうがね。夜神くんに”職場” なんていう意識はそんなに本来必要ないんですよ…必要な筈なのに欠片も見られない いい例が在るでしょう?」

松田のひとのいい笑顔を思い浮かべ思わず失笑する。 全く、と呟いて見せた流河の言い回しに笑って答えようとして、ふとそのまま口を噤んだ。

「……、」
「夜神くん」
「なあ流河、」
「はい」

少しばかりの躊躇いの後に、結局そのまま言葉を継ぐ。

「じゃあ逆に父さんは、僕に対して遠慮していると思うかい」
「…夜神くん、」
「……いや、うん。」

少しばかりの感情の揺らぎを男の表情に見出して、軽く俯く。 時間の推移が酷く緩慢な曇天をちらりと恨めしく見やった。


男がこういった行為を楽しむ理由を、本当は自分は誰よりも知っているはずだ。 それに自分が甘えているのだと仮定することは、その段階で既に途轍もない不快感を与えるのだが、 それこそ男の言うある種の遠慮の無さ、とはこういうことなのかもしれない。

全く以て思いついたままに連ねた言葉をだが悔いる間も与えられないまま、揶揄うでもなく男が 至極淡々と返した言葉をそのままに聞いた。

「…夜神くんは、夜神さんを尊敬しているのでしょう?」
「ああ」

父は確かに、正義感が強く善良で心正しい――そう、最も自分の好ましいと思われる類いの 人間にカテゴライズされた。嘘ではない、しかし真情でもない。そしてそんなことはきっと この男は言うまでもなく、理解するだろう。

「……夜神くん、私は貴方の言いたいことを理解することは出来ます。でも、 貴方の望む答えをかえしてはあげられないでしょう。」

勢いのまま反駁しそうになるのを、漆黒に宿す眸の色に軽く諌められる。 どこかそれは、年月でしか埋められない圧倒的落差を以てして形成された優位から、 男は小さく憐憫をちらつかせた。――本来なら憤ってもいいはずだ。同情や憐憫なんて冗談じゃない。ましてや相手がこの男だなんて それこそが悪い冗談だ。

しかし何処か自分で呆れる程の従順さで黙り込む。
男がこういった行為を楽しむ理由を、本当は自分は誰よりも知っている。 覚えのある感情、それは寸分違い無く自分のものと一致する。その証拠に 理解と共感は飽く迄も並べ立てるものではない、と男はたった今言ってみせたではないか。

「夜神くん、そうですね。貴方が…いいえ?私たちが、思っているほど 愚者は愚者たることに甘んじているわけではないのですよ。そして犯し続ける過ちの是正は恐らく、 貴方にはまだ難しいでしょうね」


間の抜けたベルの音が響き、授業を切り上げ席から立ち上がる音が断続的に教室に転がる。 暫しの沈黙をその騒音に紛らわせ、ただ遣り切れない類いの焦燥と やはり忌避しえない少しばかりの怒りを持て余して、態と男から視線を外した。


……罪ではない、犯した過ちはただひとつだって無い。ただそれが罪だと認識し得ない罪を、男は上げ連ねる あざとさで自分に仄めかした。恐らくは男自身が、犯したであろう過ち。


人波が引き、薄暗さの際立つ教室は静謐と呼べるだけの秩序を取り戻す。 絶対的優位、それでいて同罪を背負うというその立ち位置に、最早打ち消せない 気まずさを覚えながら、合うことの無い視線を彷徨わせる。

すると小さく息を吐く音がして、男はそっとすいません、と呟いた。

「……今日は本部へ?」
「…いや、今日は遠慮するよ。」

そうですか、と何事も無かったような顔で男は椅子の上で抱えていた足を下ろし、置いていた靴を突っ掛ける。 打ち切られた話題が、それが同情ではなく赦免の一種であることを知っていた。 自分の甘え――そう、矢張りこう呼ぶのが一番正しいのだ―、に今更のように苛立ちながら、男を 追って荷物をまとめて席を立った。

廊下に向かって開け放たれた扉の前まで来ると、男はぴたりと歩みをとめてただじっと前を見据える。 ただ不安定な思考のまま、つられたように足を止めて立ち尽くせば少しばかり抑えたその低さで、 男は此方を見ずに言葉を押し出した。


「線を引いたときに、隔離する側とされた側にどれだけの差があるのか。…線は飽く迄も ただ線でしかなく、隔絶の定義付けを為しはしない」


「……―りゅう、」
「…いきましょう月、くん。そういえば昨日キラについての新しい資料が入ったので、やっぱり今日は本部に 来て下さい」

黙って頷いて、そうしてからは最早迷わずに扉を潜り、そのまま歩き出した。





Lは知っていた
だから僕も知っていた。

線引きをした世界。線を引かれたのはこちら側、そうして隔離と呼ぶべき領域の広さからするならば、 最早問いかけを発する間もなく事実は明らかだ。 隔離され、隔絶され。触れることの無いその逃げ、は確かな過ち。




レッテルを貼るのが自分のやってきたこと。ならばその過ち
己に貼られた、紛うこと無きそのレッテルを―――



僕は知っている。




――おおきくなったらぼくは、おとうさんのようなけいさつかんになりたい

嘆くべきは後付されたレッテル。そうして見えなくなった確かな真情を、葬りさった、罪。 その罪を贖うには、そうそれは明確かつ単純な結論、つまりは同じもので宛がうしかない。

その代償
そして








派手な音を立てて倒れこんだ床から、立ち上がることはもう出来ない。あと数十秒の命、自分は此処で死ぬ。 死にたくない、死にたくない。死にたくなんか、ない。 ただ死なねばならぬ理由を理解することは出来る。

そうこれは単純な論理だ

貼ったレッテルによって犯した罪ならば
きっと己に張られたそれへ咎を負うことでしか贖えぬ



自分に張られたレッテル。



―――そうだ、僕がキラだ―――







それでも、それが僕の一種の礼節だった。そうだろう?
名前がなくとも人など殺せる、そんな事知っていたけれども。


それでもそれが、僕がキラとしての矜持。 その何物にも変えがたき礼節を、だから飽く迄も其れを貫く。


流れ出す血潮、動かなくなるからだ。しかしこの身は確かにそんな理由で殺されるのではない。 刻まれた名前、そう確かに死神は最初からそう言っていた。


僕がキラだ
キラ、そう――あの男に相対したキラ、のそれがルール


それだけ、それだけが遵守せねばならないキラの、僕のルールだ。 誰にも譲りはしない。たとえあの男自身でも、ましてや他の誰かになど。
言っても分からぬ馬鹿ばかり――
なんと覚えのある感覚であろう?
だってこれは、これこそが

全ての始まり。


ずっとずっと退屈だったんだ


自分を理解するものがいなかった、隔離された狭い領域の中で立ち尽くす愚行を続けても それに気付くものすらいなかった


―――ただひとり、自分を理解したその相手。




僕は、キラであることを悔いたことは一度もない




だからこうしてキラとして死ぬ。死ぬのだ。
キラとして死ぬことを誇りに思う


ああでも、死にたくなんか


…この先に待つのが無ならば、この誰にも譲れない信念も消えてしまうのだろうか? そして――もう、自分を理解するものには、めぐり逢えはしないのかもしれないな、そうだろう竜崎――


死にたくない、死にたくない。 これだけは譲れない。やっと見つけた、手に入れたただひとつの自分を縛る真実なのだから。 それが、消えてしまうなんて許せない




お前もこんな僕を無様だと笑うのだろうか
――でも、お前は知っているからね




理解と共感は飽く迄も別なんだ、って




だから案外許してくれるのかもしれない。…別に許して欲しいわけじゃあないのだけれど、 そう、それこそがお前の僕への理解を示すスタンスだったから。


――死にたくない。


そうしてゆっくりと遮断されていく思考に、初めて熱いものが眦を伝う。



僕はキラだ
僕がキラだ
それが世界が僕に貼ったレッテル
僕が世界に求めた隔絶

そうしてL、お前が僕を理解するため拵えた全てだ


涙が頤から落ちるその瞬間、引き絞られるように視界が光を失う。
震えるように、胸の内が灼けて一際大きなおとが響いた。




最後に全ての力で腕を掲げる。
最早その内に何一つ残らぬ掌を翳し、閉ざされた光を仰ぐ。




……僕はキラだ
だからキラとして、そしてお前と出会えたことを




―――この退屈な世界に感謝する―――





混濁する音と色彩が全ての動きを止める。 落ちてゆく感覚に不思議と抗いを感じずに、そして……


最期に感じたのはただ、頬を流れる別離の感触







かみさまにはなれなかったけれど

それでもぼくはしあわせだった









手放したくないと叫んでしまう程
僕は狂おしいほどお前の存在したこの世界を愛していたよ