機能的で美しく、現実的



硝煙の匂い、と馬鹿らしいフレーズを口に出した。手に握りしめた黒光りする銃は当然ながら自分のものではない。何故たかが大学生である自分がそんなものを持っているというのだ。嗚呼つまるところこれは夢なのだなと考えて溜め息をついた。

もうすぐきっとあの男が現れるのだろう。彼をこれで撃ち抜いてしまえれば、まあ想定の枠内である。其処で夢が醒めようが醒めなかろうが知ったことではない。

手を軽く上げてまじまじと黒いそれを見つめる。安い造作だ、玩具の様にどこか抜けている。ただ鼻をつく香りだけは焼け付く火薬そのもので、細く白煙をあげる銃口の奥にはきちんと弾がこめられている。

ふと怪訝に思う。何故この銃からは硝煙の匂いがするのだろうか。まだ撃って、いないのに。



少し考えて、それから納得した。

待っていても男は現れないのだろうし、夢が醒めることもないのだろう。がちゃりとその銃身を握りなおして、引き金に指をかける。躊躇いなく全弾を虚空に撃ち尽くして、何とも使えぬ道具に成り下がったそれを放り投げる。こめかみにあてて引き金をひくことを想定されていた筋書きの阿呆らしさに、こんなことで終わると信じるならば幽霊や超能力の方が余程リアリティがあると自嘲する。

早く目が覚めればいいと思ったが、これがあの男の意趣返しならばもう少し付き合ってやってもいい。城塞めいたこのビルには、明日別れを告げることになっている。男の墓標たることを課されたこのビルを離れられることは純粋な喜びを伴った。


口元へと宛がった掌には、硝煙の匂いが確かに纏わりついている。実際には手にしたこともない凶器を何故か至極愛おしく感じた。自分で書き記してもいない男の名を綴る文字の並びより、遙かにその香りは慕わしく、好ましい。



いっそ殺してやりたかった。沸き起こる愉悦と寂寥感に、ああこれが敗北と言うものかと存外目新しさのない感傷を浮かべてそれからゆっくりと目を閉じた。







L死後一週間位?夢の中だけでも幸せに