滲む境界


心底厭になるのだ。斯うして愛しい女の側で、強かに鍛え抜いた体を穏やかで美しく朽ち果てさせる日々を過ごすことを許されたのに。 虚飾の光が煌々と照らす場所で、己が身に染み付いた血臭をも削ぎ落とすが如き退廃に浸っていても尚。
「眠れませぬか」
お前こそこんな昼時に眠ってなくていいのかと問えば、細い手が伸びて、そっと首筋を撫で上げてくる。 どこか硬質なその感触は己の中を灼く某かをひっそりと鎮めてゆく。憐れみさえも掻き消した瞳がつと伏せられ、 横に腰掛けた体躯を引き寄せれば哀れに揺れた。

開け放した障子からは、日の光燦燦と降り注ぐ庭園が切り取られたようにはっきりと見えた。 さらさらと落ちてゆく水音が耳朶を埋め尽くしてゆく。灯明かりの元で柔らかく揺れる水面はだが、 鮮烈な太陽に焼かれ鋭い波紋を描く。絢爛豪奢を誇る蛍屋は、斯う明るい場では場違いに多い灯篭の数や 回廊の作りを白々と照らし出して、何処か裸体を恥じる女のような醜態を帯びた。
「…眩しいな」
無言で指先を絡ませてきた女の首を吸う。緩慢な動きで蠢く女の掌が、頭の後ろで緩く髪を引いた。 其の侭暫く凭れかかっていれば、視界をそっと影が過ぎった。
「目を」
軽やかな女の声が、あやすように繰り返される。 少しばかり離れたところで浮かされた掌を見詰めれば、白を透かすように指の間から日の光が零れる。 光が掌を流れるその色を帯びるのに童の様に魅入られて瞬けば、今度は窘めるように女が名を呼んだ。 大人しくその声に従い瞳を引き下ろせば冷やりとした目隠しが一切合切を遮った。
「お眠りなさいな」


哀れみ愛しみ、詰るその声音にゆるりと思考を溶かしていく。目が覚めれば其処は夜の灯に占められた 美しい場所である筈だ。日の元輝く全てが酷く鋭く瞳を刺す。


掌で引き下ろした瞳が、まるで死人が如き体たらくだと密かに嗤った。





7さん。ED後でも、登場前でも