うまれる献体 |
静かに満たされた機械音 埋め尽くされた電子機器、整頓された資料 ぱきりと口に運んだ菓子が割れる軽快な音が、その無機質な空間に響く 「……」 最早完璧に諳んじ、必要の無い書類を手慰みに指先で捲る。 ごろりと床に横になった姿勢のままでただ書面をなぞるように視線を這わせた 麻薬取引、ありふれたチープな犯罪だ 淡々と確実に追って来た捜査対象。 もうチェックまでは遠くない、掛けた手を引き絞れば恐らく終わる その王手は既に 「ニア」 「……なんですレスター」 気遣うのとは違う伺う視線で男は此方を見やった。 「先程の…」 「日本警察への捜査協力要請のことですか」 「…そうです」 男は 感情を帯びる 感傷を秘める 痛みを隠す 揺らぐものに小さく目を眇める 「これで半年追って来た相手を捕まえることが出来ます。」 「……そう、ですが。」 徹する必要の無い非情を尽くすような男ではない 知っているからこそ言ってやる 「余計な気使いは無用でしょう?彼らも職務です」 日本、そしてよりによってまたもあの薄汚れた場所 ありふれたチープな、感傷を誘うのは容易いであろう符合 「……ですがニア…丁度1年になります。」 「…はいそうですね」 珍しく食い下がる男が滲ませるのは苦渋か、其れとも 「キラは日本警察にとって特別です」 純粋な(其れこそ少年、のような)感傷を隠そうとしない男に小さく息を吐く。 「キラではないでしょう、夜神月、です」 「…ニア」 貴方がそれを言うのですか、と続かんばかりの男の口振りに投げ出した身体を動かす。 ごろりと転がれば、散らばった白い書類はぐしゃりと潰された。 夜神月は死んだ。 キラは死んだ。 Lを殺した凶悪犯、世界を蹂躙する独裁者は世から消えた。 形式的な使命を失った自分に遺されたものは 静かに満たされた機械音 埋め尽くされた電子機器、整頓された資料 チープな犯罪、己の舌の上で溶ける糖分の塊 手先で慰んだ資料の上には撒き散らされた死が、薄っぺらに刻まれている。 平穏ほど多くの死によって作られるものはない 増加し元の姿を取り戻した犯罪数に、あの男は愁嘆でも覚えるのだろうか (そう考えて即座に否定する) 彼は自分が居なくなったらこうなるであろう事が分っていたから、己が手を下したのだ 形式的な使命を失った自分が、そして失ったものは 死んだもの (人間と) (尊厳と) (思想と) (私の理念) (対極、存在証明) 自分に遺されたものはこの身だけ 詰る(縋、る)対象としての神を自分は持たない (持ち得ない。そうあの彼に言ったとおりに) 「レスター、私は後悔しませんが自己弁護をする気もありません」 「……。」 「それが私がLである為の絶対条件です」 いまこの世界でLなどという記号がどれだけの意味を持つのだろう、と 理解や感情より先に、ある種の理が働く類の問だ。 正義や悪に固執して 神を掲げる弱さを許した人間の末路が死だった (それはキラと) (そしてLの) 全てを否定し排除し、そして作り上げられたこの新しい”世界” 無を排除するパラドックスを握り潰した、この秩序 ……此れは、本当にたいくつなものだ 呟こうとした口元に、少しばかり手の中で溶けた菓子を宛がって封をした。 彼は 生まれる 倦まれる 膿まれ、 戻 |