役立たずのお遊戯





あ、

…と、声をたててあの人がこちらをちらりと肩越しに振り向いた。そんな何気ない仕種まで一々絵になる人だと思う。自分だって、それはそれなりの自負はあるのだが、この人はそういう次元とは違う気さえする。彼は少し困ったように形のいい眉を顰めてこちらを見ていて、珍しく言い澱むようなその態度に首を傾げながら、小さく唇を突き出した。

「なぁに、月。ミサなんかしたかな」
「いや、そういう訳じゃなくて…」

返された苦笑にも似た笑みは、彼を少し幼げに見せてそんなところが可愛いと思う。誤魔化す類の狡い態度なのだから寧ろ大人びて見えてもいい筈なのに、初めて出会った頃からどうにも完璧を地でいく節のある彼はそういうところでしか逆に年相応に見えはしない。

「25日、帰れそうに無い」
「…ああ、そういうことかー…」

軋む金属音を僅かに曳くようにして、彼がパソコンチェアごとこちらに向き直る。返した声にどうしても惜しむ色が出たのは仕方が無いにしても、彼がこうもこういったことに気を使うのは珍しい。

彼はいつだって少しだけ酷薄で、そうして私はその彼をいつだって許容していた。

「いいのよ月。誕生日、くらい。もうミサも二十歳こえちゃったんだもん」

矢張り一種の育ちのよさ、というのだろうか。彼はそういう気配りにも似た行為を極自然に行うことが出来た。其れが彼の誠心からくる物でないことはとっくに知っているのだけれども、それはそれでも素敵なことだと思う。だからあざとく見える大仰な仕草で、上目に彼の鳶色の瞳を覗き込んだ。

「きに、しないで」

ベッドの上で寝転がって肘を付いたままの体勢。デスクから振り向いた彼にはいつものようにただ甘く、軽薄な笑みを浮かべた自分が見えていることだろう。そう考えていれば案の定彼は少しばかりの困惑を過らせて、ごめんと子供みたいな口調でもう一度呟いた。

こうしてしまえば彼はとりあえず、彼自身に納得することができる。

そう、かれはいつだってこどもみたいに純粋だったから
自分の理解の及ぶ範囲に、世界は収まっているのだと信じていたので

(実際彼はひどく多くのことを知っていたのだけれども)

(それでも)

「月」

彼はいつだって少しだけ酷薄で、そうして私はその彼をいつだって愛しく思う

彼はいつだって嘘吐きで
――それでも浮かべる笑顔には嘘は無いのだから。






ミサミサはもう丸ごと月らぶ。