FORGET―ME―NOT(はなのなまえ)



豪奢な部屋には、似つかわしくないというべきか極端に飾り気が無かった。こういった部屋なら絵画が飾ってあったり、花が活けてあるのが自然である気がするのだが不自然なほどにそういったものは見当たらない。 ふとそう漏らしたら竜崎は、はあと首を傾げた。

「必要性を感じなかったものですから…ご所望ならば直ぐにでも用意させますが」
「……いや、欲しいって訳でもないんだが」

率直な男に少し苦笑を返す。根本的に回答の方向性がずれているのだが、気にはならなかった。


「でもそうですね、月くんには花が似合うでしょう」

爪を噛みながら男は何の花がいいかなどとぶつぶつ呟いている。この男が生物学的意味以外のそういった知識に造詣が深いのだとしたら何だか可笑しい。

「…ドナウ川の騎士ルドルフの伝説を知っていますか」
「………」

ふと男が発した言葉に記憶を引っ掻き回して該当するものを探す。結果を引き出して途端に苦い気分になった。

「…川に落ちて死ぬ恋人なんて願い下げだ」
「月くんはベルタの様に、私が死んでもその花を飾り続けてくれるでしょうか」
「馬鹿馬鹿しい、大体僕は命令されるのがだいきらいなんだ」


たかが花一輪が為に命を落とした上に、よりによってその花で相手を縛るなんてなんとも悪趣味だ。

「くだらない」
「美しいと思いますよ。薄青のあの花はまるで哀しみと追悼に御誂え向きだ。そんな貴方を見てみたい気もしますよ―最も川に落ちる気なんか無いですが」
「……ああ、そう」
「月くん」

薄青の小さな花を髪に挿し続けて、こいびとの死後過ごしたベルタ。


花の名前はそう、”わたしを忘れる勿れ、”



――嗚呼下らない。





「それで花は何がいいですか」
「枯れないのがいいな」



忘れられるわけ、ないじゃないか。







勿忘草