一時停止ライン




チェスの駒がボードの上に雑然と並べられている。その様からは、その盤が対局を描くものでなくただ単に置かれている調度品以上のものでないのだと容易に知れた。

「竜崎」

ふと呼びかけてみてから、気だるげに視線を上げた男へ言葉を続けることを躊躇った。言い澱んだ自分にだが男は、別段気にすることもなくつまらなそうな顔をしたまま、また俯いただけだった。

か細く高い音を立てて、パソコンチェアが半回転する。部屋の中央、雑然と捜査資料の積み上げられたデスクに視線すら向けずまたひとり、ぐちゃぐちゃと手元にある菓子を弄んでいるようだった。最近の男はずっとこんな調子で、捜査員は軽度の鬱状態みたいだとも言っていた。



もう一度部屋の片隅に置かれたチェス盤に視線を戻す。クリスタルの光彩で室内灯を弾く鮮やかな青と透明のそれは、憐れなほどに切り砥がれたものを髣髴とさせる。遊戯さえ放棄された無秩序な盤上を、男が顧みないことに何故だか少しばかり胸が痛んだ。






白月可哀相。