頭でするシステム



「You bet?」



樫のテーブルの上に散らばる札を、目の前の麗人はいともたやすく払いのけた。

「やってられるか!大体何だお前…」

黒い剣を意味する札がはらりと舞う。背面に精緻な幾何学模様の施されたその掛札は 美しい配列で並ぶ、ストレートフラッシュ。 わざとらしい笑顔を浮かべてやれば、然も嫌なものを見たというように神田は眉を顰めた。

暇つぶしにと広げたカードで賭け事を始めたのは成行きだったのだが。 そこは負けず嫌いの彼のこと…という自分も相当なものなのだろうが、 ついつい白熱した結果、所謂賭け師の技に頼ってしまったのはご愛嬌と言うものだ。 不貞腐れた神田に、言い訳じみた口調で言葉を継いだ。

「ええとすいません……いや、これは処世術と言うか…生きる上で身についた業と言うか」
「…なんだそれは…」

脱力した、というようにテーブルに伏せてしまった神田はちらりと此方を見上げる。 思考が馬鹿な方向に行かないうちに慌てて、思いつくままに口走った。

「じゃあ神田、インディアンポーカーやりませんか」
「…なんだそれ」
「自分の手札は見ずに…こう頭の前に掲げるんですね。 そして向かい合った相手の手札だけを見るんです。あとは何をしてもよし。 ヒントを言っても嘘を言っても。それで手札を推測して勝負するんですよ」
「…お前にあつらえた様な陰険なゲームだな」
「酷いですね―」

さらりと流してから半ば無理やり手札を神田の前に置けば、不承不承といった感じでゆっくりと手札を掲げた。

「……神田、にはチェンジを勧めます」
「そうか。お前にはフォールドもしくはオールチェンジを勧めてやろう」


にっこりと笑顔を浮かべてやりながら、そっと相手の手札を伺う。 ぞんざいに掲げられた手札の後ろで、神田はポーカーフェイス(まさしくそのもの、)を崩そうとしない。 大体元から、そうそう表情を動かす人ではないのだから仕方が無いのかもしれないが。

「You bet?」

綺麗な発音で奏でられたその言葉に、急かされるように思考を進める。 カードを引き当てる運なんていうものはそれこそ経験がものを言うもので、 多少の自負はある。賭けてみてもいいのかもしれない、と思う傍ら、目の前の麗人は相も変らぬ 硬質の表情を維持したままだ。躊躇うだけの時間が欲しくて、呟くように声を漏らした。

「じゃあ…」
「…なあ」

不意に呟く様に押し出された言葉に言葉を飲み込む。

「はい?」
「…いや、いい」

珍しく逡巡するような様子の神田に驚きながら言葉を継ぐ。

「なんですかー気になりますよー」
「…いや、まあ馬鹿にはお似合いか・・」
「は!?」
「何でもない。早く手札を決めろ」

もう言うことは無いといわんばかりに目を伏せてしまった態度に些か混乱する。 薄くちらりと見上げてくる黒い瞳につい、思考がまとまる前に言葉が口をついた。

「…分かりました。神田のお勧めでもあることですし…僕はオールチェンジを…」
「っはは!」
「?」
「分かった分かった。フォールドしてやるよ」
「ええ?!」

神田の手札はストレートフラッシュ。かなりの上札である。オールチェンジなどという一種投げやりな賭けに出た自分の前にゲームを投げる必要など無かった。

「この馬鹿」

神田が手札を下ろしたのに合わせて、今まで掲げていたカードの並びを確認する。

「な…」
「だから馬鹿だといった」


並ぶ数字は綺麗なロイヤルストレート。 この札を見ていたわけだから神田がゲームを投げるのも当然と言えた―― それが自分が最後まで賭け続けた手札であるのなら、の話であるが。 みすみす勝利を投げ出そうとした己の前でゲームを投げた意図が分からない。

「何で…」
「あんなので軽く考えを翻したりするからだ。この考えなし」

不満げに膨れ面をしてみせる。要は騙された時点で自分の負けだったと言うのだろう。

「神田がそんな手を使ってくるとは思わなかったんですよーいつもは率直な癖に―」
「引っかかるお前が悪い。それに別に嘘を言おうとしたわけでもない」

清廉な瞳は何時だって長い間の正視に堪えるものではないけれども、一際強いそれは 立っていたら一歩二歩はたじろがせるに十分だっただろう。 それ位、いきなり向き直った瞳は強烈なものだった。 本当に前触れもなくいきなり発せられた鋭い空気に、ひゅ、と息を呑む。


「な・・?」
「――神の配剤というのを信じるか」


ぞくりと背を伝うものがあったような気がして、総毛立つ。 聞きなれたフレーズ。神に愛された、選ばれた存在だと

「お前が使うような、姑息な芸のことなどではない・・。それでも」

ひらりとロイヤルストレートの札が舞う。精緻を極めた美しい数字の並び、 道化師の歪む笑顔をも嘲笑うだけのその整えられた形式が。

「どちらにしろ同じことだ」


神に愛されたから、神に選ばれたから。――神の使徒として?

賭けられたカード
斜めに切られた視界を、貫く糾弾のひかり

「あまり安売りするな。いつかそれは」

――そうして行う数々の欺瞞はいつしか自分と人間とを



「お前自身を飲み込む」



隔別するのだろう。



「…神田…」
「…」

いくらか和らいだ目線で先を促され、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「神田は神の配剤を、信じるんですか?」
「…ある程度は、だ」

神等信じはしないのだと、言い切ってしまうにはお互い虚偽を抱え過ぎている。 自らの拠所を切り捨ててしまえるほど、じぶんには勇気(若しくはそれは蛮勇と云う物なのかもしれぬが) の持ち合わせが無い。

「安っぽい逃避に走る奴は嫌いだが、意味の無い自我の張り合いをする気も無い」
「…そう、ですね…」

突きつけられた事実に足元が覚束ない。けれどもそんな感覚も思い込みの独りよがりなのだと薄々どこかで気が付いていた。

「甘えてますか、」

僕、と繋げると神田は珍しく怒りでなく眉を吊り上げ、そしてゆっくりと吐き捨てた。


「お前の賭け分だけは好きにするが良い」


天秤に乗せられるものがなくなってしまわない内に






重みを増す片方の
受け皿に乗せられる己が体躯を

ただ只管に