それは至って不誠実な恋だったから



「非日常的なフレーズだ」
「…そうですか?」
「悪いけど生粋の日本人なんでね。外国経験もない若造だし」
「………拗ねてる月くんは可愛いです」
「五月蝿い」

ふいとそっぽを向いた月に、竜崎はにんまりと笑う。少しばかり俯けられた首筋が、逡巡する色で晒されているのを凝っと見た。

「別に私だってそう言い慣れてる訳ではありませんよ」
「………僕は言われ慣れてるけど。お前以外にも」
「あんまり生意気言ってると怒りますよ」
「…うるさいよ」

苛立つように面を上げて、でも竜崎の方を見る前に月は更に腹立たしげに視線を逸らせた。宥めるように竜崎は首を傾げて月へ話しかける。

「日本ではあまり言いませんか」
「……アーシャの邦訳知らないのかお前」
「ツルゲーネフ?…ああ…。聞いたことあります。」



ふと黙り込んだ竜崎は、一度目を瞬くと月の爪先から頭の天辺までじろじろと眺め遣った。そんな竜崎を胡乱げな目で見ていた月も、はっと気付いたように身体を固まらせる。みるみるうちに怒りに似た羞恥に顔を歪ませる月に、竜崎は心底愉快な気分で笑った。

「別にそれでもいいですよ、どちらでも。言って差し上げましょう」
「馬鹿、違う」

珍しく慌てて月が制止に掛かるので、竜崎は立ち上がってさっと月の肩に手を掛けた。行き成りの行為に怯えたように月は動きを止める。


「――”貴方の為なら、死んでも可い”」


可哀相に、刹那眉を寄せた彼の顔が酷く悲痛だったので、竜崎は軽く月の頭を撫でた。月は暫く項垂れていたが、立ち上がるなり竜崎の頬を張った。

「痛いです」
「嘘つけ」
「…痛くないです」
「嘘つきだお前は」

拳を握って立ち尽くした月は、戦慄く様に肩を震わせていた。さらさらと髪の合間から覗く白い耳に指を這わせて、竜崎はゆっくりと囁いていく。

「月くん」
「黙れ」
「愛してます」

月が俯いたままもう一度手を振り上げたので、そのまま竜崎は大人しく殴られておいた。傷ついたように此方を見上げた月に、苦笑いで竜崎は頭をかく。振りぬいた後の手首に生々しい手錠の痕が残っていて、月の絶望までを赤黒く浮き上がらせていた。

「…ねえ月くん?私はアーシャにしては可憐さが欠けてると思いませんか?」
「…」
「愛くるしい令嬢の告白は寧ろ貴方にこそ相応しい」
「こんなアーシャは願い下げだ」


ようやく月が小さく笑ったので、竜崎は優しく月を引き寄せた。為されるがままに腕の中に納まった月はけれども、寄る辺の無い子供のようにぼんやりとしていた。

「…邦訳なら、もう一つうってつけのがあるじゃないですか」
「……そんなのあったっけ?」


何時の間にか、キラ事件が始まって一年近くが経とうとしている。明日になれば丁度、TV越しにLが初めてキラと対峙したあの日から11ヶ月目となる。

「……”月が綺麗ですね”…」
「……」

雨天の先駆けにと、垂れ込めた暗雲を開かれた窓から横目で見やる。明日は雨になる。

「愛してます」
「…」

最後まで返らぬ返事を、雨音の中聞くことになるのだと何処か遠く予感がするのに。





ツルゲーネフの邦訳は二葉亭四迷、
日本語には愛してるという言葉はないと言ったのは夏目漱石。

もうアニメ設定はガチでいいと思う