落ち着きの無い人形






イオンは小さく俯いて、上目に酷く苛立たしそうなルークを見詰めた。人気の無いこの峠を越えれば、鉱山の街は眼前だ。自分がいるせいで進みが遅れていることは分っていたし、彼が苛立たしそうなのはつまりそういうことなのだ。

「ルーク」
「……んだよ、うっせえなあ」

気だるげに振り返った彼は、酷く胡乱な眼差しでこちらに向き直る。その様子に少しばかりたじろげば、途端火がついたように横にいた少女が喚き散らした。

「なにその態度!イオン様に、」
「アニス」

慌てて制止すれば、渋々アニスは黙り込む。気まずい空気が漂ってしかし誰も其れを取り成そうとはしなかった。 ルークは益々苛立たしげな顔で、此方を向いたまま黙っている。嗚呼早く何か言わなければと思うのに、その翠が酷く鋭利で竦んでしまう。其れが怒りのような感情で無いからこそ、尚更気後れした。

「……なんでもないなら呼ぶなよ、とっととアクゼリュスへ行かなきゃならないんだから」

踵を返したルークは一人、足を進める。慌てて追いかけようとすれば憤慨したアニスとティアがいいんですイオン様、と私を押し留め、ナタリアがルークを叱り飛ばした。

「……ルーク、なんでそんなに急ぐのですか」

もう一度その美しい響きの名を紡げば、ルークは此方を見て酷く複雑な表情をした。苛立ちの中に諦念と嘆きを混ぜ込んだような、それはまるで何かを恐れるような、途轍もなく儚げなものであった。 その見慣れた表情はまさに鏡の中のものと同じ種類の痛々しさで、思わず息を呑んだ。知っているはずが、ない。ルーク自身のことも、そして自分のことも。



「……おれは親善大使なんだ。だから、」

彼は言いさし、しかしとうとう激発したナタリアとアニスが其れに猛烈に食い下がった。きつく責め立てる言葉に、中途半端に口を閉ざした彼は、一瞬瞳を眇めてそれから思い切り皆に背を向けた。

「……俺を分ってくれるのはヴァン師匠だけだ」

聞きなれた台詞に一行は、溜息と共にさっさとルークを置いて歩き出す。ルークの肩に手を掛けようとすれば、アニスが無言で私の手を引きぐいぐいと歩き始めた。


「……俺は親善大使だ」


肩越しに必死に振り向けば、街道の真ん中でルークはじいっと足元を見詰めて立ち尽くしていた。



「それしか、ないんだ」



耳を掠めたあえやかな響きは、風の音に遮られて無惨に地へ落とされた。






イオルクはゲーム内デフォです